セクハラ日記の証拠価値

弁護士石井です。

裁判で日記が証拠として提出されることがあります。

日記なんて証拠になるのか?
と疑問を持つ人もいるでしょう。

やろうと思えば、あとから何とでも書けますからね。

実際の裁判では、その日記がどれだけ信用されそうかチェックはされますが、日記を理由に重要な事実が認定されることも多いです。

つまり、日記も証拠になりうるのです。

もちろん、その日記が「あとから裁判のために書かれた」と疑われる場合には、証拠の価値を失います。

セクハラ裁判で、被害を記録した日記が証拠提出された事件がありました(福岡高裁平成19年3月23日判決)。

裁判所は、身内のことを除くと、セクハラのことばかりが記載されており、当時は就職のことや親の離婚問題があり、友人と遊びに行ったり、悩みを相談していたのに、それらの記述はほとんどないことなどから、日記ではセクハラは認められないと判断しました。

「身内のことを除くと控訴人甲野のことばかりが記載されており,・・・被控訴人は当時卒業を控えた大学4年生で就職に直面していたほか,両親の離婚問題もあり,また,友達と遊びに行ったり,悩みを相談したりしていたというのに,本件ノートにはこれらの点に関する記載がほとんどないこと,同ノートの11月30日より以前の部分は,同月4日を除いて日付の記載がなく,「面接2回目」,「はじめてのお仕事」,「ちょっぴり母とケンカ」,「今日で5日目であるの日」,「歓迎会の日」などといった形で記載されており,その記述も控訴人会社の解雇直前で終わっていて,それ以降の記載が全くないこと,複数の日にわたる記述の外見的な印象が似通っており,これらを同一日にまとめて記載した可能性を排斥できないこと,など,本件ノートはいわゆる日記としては異例の形式のものであるとともに,大学の卒業,就職あるいは両親の離婚などに直面していた被控訴人が,自分の気持ちを整理し,自らを鼓舞するために記したものとも考え難いところである。・・・ このような本件ノートの証明力は必ずしも高いものということはできず,これにより被控訴人の主張するセクハラ行為が行われた事実を推認することはできないものといわざるを得ない。」

このように日記が疑われてしまうケースもありますが、記録をつけておくことはムダではありません。

記録がなく、記憶で主張・証言したあとに、記憶が間違っていたことが明らかになると、裁判では致命傷を負いかねません。
客観的につけた記録は、これを避けるのに役立ちます。

あとからまとめて記録するのではなく、日々記録するクセをつけておくと良いですね。

日記自体が証拠になる

ならなくても、経緯の説明で間違えなくなる

裁判的には日記はメリットが大きいものです。

紛争の際には記録することを忘れないようにしてください。

厚木の弁護士事務所-厚木の弁護士

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