「バカ」で侮辱罪?事例集のリアル

刑事事件

弁護士石井です。

法務省が公開している侮辱罪の事例集が話題になっていました。

https://www.moj.go.jp/content/001446563.pdf

ネットのコメント欄やSNSでのやり取り、あるいは日常生活のふとした瞬間に、カッとなってつい強い言葉を口にしてしまうと「侮辱罪」になるかもしれません。

当然、発言の文脈を考慮してのものですが、事案の概要だけみると、かなり広い言葉で成立してしまうと感じるのではないでしょうか。

侮辱表現の内容

侮辱に用いられる言葉や表現は多岐にわたり、以下のカテゴリーに大別できそうです。

• 能力・人格の否定: 被害者の知性、能力、または人格全般を否定する表現。

    ◦ 具体例: 「大馬鹿」「あほー」(No.1)、「ゴミ野郎」(No.6)、「仕事出来ない人間」(No.9)、「使えない」(No.16)、「ポンコツ」(No.164)、「人間として終わっている」(No.135)

• 容姿に関する中傷: 被害者の身体的特徴を嘲笑または蔑む表現。

    ◦ 具体例: 「デブ、ブス、死ね」(No.12)、「ゴリラ」(No.22)、「若ハゲ」(No.67)、「すごい短足デブ」(No.85)、「見た目からしてバケモノかよ」(No.119)、「チビデブブス」(No.117)

• 性的・品性に関する侮辱: 被害者の性的品性や道徳観念を貶める、極めて下品な表現。

    ◦ 具体例: 「ヤリマン」(No.5)、「ブスの嫁の臭いおめこ舐めとれやあほ」(No.10)、「人殺し最低。男に媚び売り雑魚マンコ」(No.60)、「ヤリマンクソビッチ」(No.62)、「不倫女」(No.136)

• 社会的評価を貶める言説: 被害者が犯罪者である、反社会的である、あるいは専門家として無能であるといった虚偽の印象を与える表現。

    ◦ 具体例: 「嘘つき」(No.4)、「泥棒」(No.32)、「詐欺の実行役」(No.40)、「ヤブです」(No.27)、「悪徳弁護士」(No.96)、「未必の故意ですが『殺人未遂』の容疑もありますよ」(No.145)

• 差別的表現・その他: 特定の属性に対する差別意識に基づく表現や、強い憎悪を示す言葉。

    ◦ 具体例: 「変質者」(No.3)、「キチガイ」(No.23, 47, 81, 137)、「糞老害」(No.56)、「害獣です」(No.162)、「同和だからね」(No.172)、「障がい者」(No.161)

「バカ」の一言

驚くべき事実は、非常にありふれた悪口である「バカ」というたった一言が、実際に刑事罰の対象となっていることです。複雑な脅迫や、手の込んだ誹謗中傷でなくとも、侮辱罪は成立します。

事例集には、以下のようなケースが記録されています。

  • 駐車場で相手に「馬鹿」と言った(事例2)。結果は科料9,900円。
  • バスの車内で相手に「ばかが」と言った(事例7)。結果は科料9,900円。
  • 空港で相手に「デブ」と言った(事例14)。結果は科料9,900円。

多くの人が侮辱罪を、長文の悪質な書き込みや継続的な嫌がらせと結びつけがちですが、実際には一言が、取り上げられてしまうことも。

このあたりだと、口癖でつい言ってしまうこともありそう・・・。

メガホン、貼り紙、ビラ配り

今回の調査では、かなりの事例がネットによるもの。

侮辱罪と聞くと、多くの人が匿名でのネット掲示板やSNSでの誹謗中傷を思い浮かべるかもしれません。

しかし、事例集は侮辱行為がオンラインの世界に限定されないことを明確に示しています。むしろ、非常に「アナログ」な手口も、それなりに検挙されています。

以下は、実際に罪に問われたデジタル以外の侮辱行為の例です。

  • メガホン: ドラッグストアの駐車場で、メガホンを使い「ここの店長は嘘つきです」などと発言(事例4)。
  • 貼り紙: 被害者の車庫や玄関ドアに「ドロボー」などと書いた紙を貼り付けた(事例32)。
  • ビラ配り: 弁護士を「悪徳弁護士」などと記載した文書を住民約100名に配布(事例96)。こういうのやめてね。
  • 看板の設置: 被害者に「逃げ隠れするな」「提訴中」等と要求する内容の看板を自宅敷地に掲示(事例121)。
  • マジックでの書き込み: マンション掲示板のビラに「ハゲ出ていけ」とマジックで書き込んだ(事例51)。

このようなアナログツールは、確実に証拠になります。バカという発言の場合、発言の有無や文脈が問われますが、明確に証拠に残っている場合は起訴しやすくなるでしょう。

罰金30万円と科料9000円:処罰の重さを分けるもの

事例集を見ていくと、同じ侮辱罪でも科料9,000円程度の軽い処分から、罰金30万円という重い処分まで、大きな幅があることに気づきます。

事例を比較すると一定の傾向が見えてきます。

処罰の重さには、行為の悪質性や執拗さ、そして影響の大きさが関係しているようです。

科料(比較的軽い処分)罰金(比較的重い処分)
事例23:科料9,000円
路上で「やーい、きちがい出てこーい。」と一言発した。
事例11:罰金300,000円
ネット掲示板に「最低最悪」「卑怯卑劣陰湿」「根深い根っからの犯罪者」などと、非常に悪質で長い文章を投稿した。
事例38:科料9,000円
路上で「あばずれが。」と大声で一言発した。
事例44:罰金300,000円
SNSに「泥棒」「アホすぎる」「バカすぎんねん」などと発言する動画を3回にわたって投稿した。

この比較から、衝動的な一言の発言よりも、ネット上で不特定多数に拡散される行為執拗に繰り返される行為、そして言葉の内容自体が非常に悪質である行為ほど、重い処罰が科される傾向にあると推測できます。

「正直な感想」が命取りに?口コミレビューと侮辱罪の境界線

注意が必要なのが、店舗や専門家に対する「口コミレビュー」の形をとった侮辱です。自分では「正直な感想」や「正当な批判」のつもりでも、表現が行き過ぎれば犯罪になり得ます。

事例集には、以下のようなケースが含まれていました。

  • 事例27: クリニックの口コミサイトに「ハッキリ言って ヤブです。」と投稿し、科料9,000円
  • 事例84: 病院の口コミサイトに「この病院、最低です。命の危険性あり」と4回にわたり投稿し、罰金200,000円
  • 事例78: 会社の社長情報コメント欄に「金に汚い、お客様を金としか見ていない。」と投稿し、科料9,000円

ここでの境界線は、『個人の感想』と『専門家としての社会的評価の毀損』の間に引かれます。「ヤブ医者」や「命の危険」といった表現は、医師の資格や能力そのものを公に否定し、社会的信用を失墜させる行為と見なされるため、侮辱罪の対象となるのです。

クリニックや病院は、口コミを気にすることも多く、開示請求の相談なども多いです。その関係で、刑事告訴までしっかりやっている可能性はあります。

個人情報と性的・差別的なオンライン投稿

事例の中で一貫して重い罰金刑が科されているのは、どのような投稿でしょうか。それは、個人のプライバシーを侵害する投稿や、性的・差別的な表現を含む投稿です。これらは単なる悪口を超え、被害者に深刻で回復しがたい損害を与えるため、特に悪質と判断される傾向があります。

以下にその典型的な例を挙げます。

  • 事例13: ネット掲示板に被害者の電話番号を掲載し、「ヤリマンです。」と投稿。罰金100,000円
  • 事例62: 電柱に被害者の実名と共に「ヤリマンクソビッチ」とマジックで記載。罰金100,000円
  • 事例68: SNSに被害者の顔写真と共に「#オナペ」(オナズリのペット、すなわち性的玩具の意)などのハッシュタグを付けて投稿。罰金100,000円

これらの行為は、被害者のプライバシーを侵害し、性的嫌がらせを助長するだけでなく、その人の尊厳を深く傷つけます。軽い気持ちで行った投稿が、取り返しのつかない結果と重い代償につながってしまうでしょう。

風俗関係の開示請求も多いですから、こちらも刑事告訴まで進めることもあるのでしょう。

科料・罰金と慰謝料

侮辱罪事例集に書かれている金額は、科料や罰金として国に払われるものです。被害者に支払われるものではないので区別しておきましょう。

被害者が慰謝料を請求するなら民事ということになります。

刑事手続のなかで、示談交渉がされ、示談金が払われるケースも想定されますが、今回の事例集では、ほとんど処理区分が略式命令となっており、刑事手続は簡単に終了しているものと思われます。これは、被疑者が事実を認めており、罰金または科料が相当と判断された場合に、公開の裁判を経ずに書面審理で刑を確定させる手続きです。

侮辱罪は、犯罪の中では軽い部類となります。被害者側が積極的に刑事手続を求めたことで、このような処分がされたものと推測されます。

軽い気持ちでの発言には気をつけましょう。

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